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* [[1956年]]([[昭和]]31年) - 4歳以上の馬による重賞レース「'''中山グランプリ'''」を創設、中山競馬場の芝2600m(内回り)で施行。この年のみ騎手賞に朝日新聞社寄贈賞が贈られる。
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* [[1956年]] - 4歳(現:3歳)以上の馬による重賞レース「'''中山グランプリ'''」を創設、中山競馬場の芝2600m(内回り)で施行。この年のみ騎手賞に朝日新聞社寄贈賞が贈られる。
* [[1957年]](昭和32年) - 名称を「'''有馬記念'''」に変更。
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* [[1957年]] - 名称を「'''有馬記念'''」に変更。
* [[1960年]](昭和35年) - 施行コースを芝2600m(外回り)に変更。
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* [[1960年]] - 施行コースを芝2600m(外回り)に変更。
* [[1966年]](昭和41年) - 施行コースを芝2500m(内回り)に変更。これ以降、この施行距離が定着。
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* [[1966年]] - 施行コースを芝2500m(内回り)に変更。これ以降、この施行距離が定着。
* [[1981年]](昭和56年) - この年から騎手賞としてマツダ賞が贈られる(1992年まで)。
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* [[1981年]] - この年から騎手賞としてマツダ賞が贈られる(1992年まで)。
* [[1984年]](昭和59年) - グレード制導入、GIに格付け。
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* [[1984年]] - グレード制導入、GIに格付け。
* [[1995年]]([[平成]]7年) - 指定交流レースとなり、地方競馬所属馬も出走が可能に。
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* [[1995年]] - 指定交流レースとなり、地方競馬所属馬も出走が可能に。
* [[2001年]](平成13年)
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** [[馬齢]]表示を国際基準へ変更したことに伴い、レース条件を「3歳以上」に変更。
 
** [[馬齢]]表示を国際基準へ変更したことに伴い、レース条件を「3歳以上」に変更。
 
** 「[[愛子内親王|敬宮愛子内親王]]御誕生慶祝」の副称を付けて施行。
 
** 「[[愛子内親王|敬宮愛子内親王]]御誕生慶祝」の副称を付けて施行。
* [[2007年]](平成19年) - [[国際レース]]に指定され、外国調教馬が6頭まで出走可能に。
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* [[2007年]] - [[国際レース]]に指定され、外国調教馬が6頭まで出走可能に。
  
 
=== 歴代優勝馬 ===
 
=== 歴代優勝馬 ===
優勝馬の馬齢は、2000年(平成12年)以前も現行表記に揃えている。
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※馬齢は、[[2000年]]以前も現行表記(国際基準)に揃えている。
 
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2024年1月13日 (土) 00:35時点における最新版

有馬記念(グランプリ)
Arima Kinen
260px
有馬頼寧(1884 - 1957)
開催国 日本
主催者 日本中央競馬会
競馬場 中山競馬場
創設 1956年12月23日
距離 芝2500m
格付け GI
賞金 1着賞金2億5000万円
出走条件 サラ系3歳以上(国際)(指定)
レース条件も参照
負担重量 定量(負担重量を参照)
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有馬記念(ありまきねん)は、日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場で施行する中央競馬重賞レースGI)である。

正賞は日本馬主協会連合会会長賞、中山馬主協会賞。

概要

ファイル:58th Arima 20131222.jpg
第58回有馬記念(優勝馬:オルフェーヴル)

1955年(昭和30年)まで、暮れの中山競馬場では中山大障害が最大の呼び物であったが、東京優駿(日本ダービー)などと比べ華やかさに欠けていたことから、当時の日本中央競馬会理事長であった有馬頼寧が中山競馬場の新スタンド竣工を機に「暮れの中山競馬場で日本ダービーに匹敵する大レースを」と提案。当時としては他に類を見ないファン投票で出走馬を選出する方式が採用され、1956年(昭和31年)に「中山グランプリ(なかやまグランプリ)」の名称で創設された。

しかし、第1回中山グランプリの興奮も冷めやらぬ1957年(昭和32年)1月9日に創設者の有馬理事長が急逝したため、有馬の功績を称えて第2回から「有馬記念」に改称。以来、中央競馬の一年を締めくくるレースとして定着した。施行場は創設時より中山競馬場で変わっておらず、施行時期も12月下旬で定着している。

地方競馬所属馬は1995年(平成7年)から出走が可能になった。外国馬は2000年(平成12年)から2006年(平成18年)まで、当該年度のジャパンカップを優勝した馬のみに出走資格が与えられていた。2007年(平成19年)からは国際レースとなり、外国馬の出走枠も6頭に増やされた。

国際的評価

世界の競馬開催国は国際セリ名簿基準委員会(ICSC)によってパートIからパートIVまでランク分けされており、2014年(平成26年)時点で日本は平地レースが最上位のパートI、障害レースはパートIVにランク付けされている。

また、各国の主要なレースは国際的な統一判断基準で評価されており、競馬のレースにおける距離別の区分法として定着しているSMILE区分によると、有馬記念は「Long(2101m - 2700m)」に分類される。国際競馬統括機関連盟(IFHA)が公表した2012年(平成24年)から2014年(平成26年)の年間レースレーティングの平均値に基づく「世界のトップ100GIレース」によると、有馬記念は全体の11位にランキングされた。このランキングで日本のレースは有馬記念を含め10レースがランクインしているが、日本のレースではジャパンカップ(8位)に次ぐ評価で、「Long(2101m - 2700m)」のカテゴリーからランクインしたレースでは凱旋門賞(2位)、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(7位)、ジャパンカップ(8位)、ブリーダーズカップ・ターフ(9位)に次ぐ評価となっている。

レース条件

以下の内容は、2015年(第60回)現在のもの。

  • サラ系3歳以上(出走可能頭数:最大16頭)
    • JRA所属馬(ファン投票選出馬、及びJRA選定馬)
    • 地方競馬所属馬(JRA選定馬のみ)
    • 外国調教馬(最大6頭まで、優先出走)

出走馬の選定方法は以下のとおり。

  • 特別登録を行った馬のうちファン投票上位10頭、および外国馬は優先出走できる。
  • 上記以外のJRA所属馬・地方競馬所属馬は「通算収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGIレースにおける収得賞金」の総計が多い順に出走できる。

枠順(馬番号)の決定方法について

2014年(平成26年)は出走馬の枠順(馬番号)決定方法についてJRA初の試みとして、「出走馬の関係者が希望する枠順を選択する方法」とされた。あわせて、BSフジにてテレビでの生中継も実施された。手順は以下のとおり。

  1. 枠順(馬番号)を選択する出走馬1頭を抽選で選定
  2. 選定された出走馬の関係者が、希望する枠順を選択

上記を繰り返して、すべての枠順(馬番号)を決定する。

従来「枠順は抽選で決める」としていた競馬施行規程および規約が改正され、2014年(平成26年)11月25日に農林水産省から認可されたことで、このような選定方法が可能になった。世界の主要な大レースでは枠順選定を公開抽選で行っているものも既にあり、たとえばフランスの凱旋門賞では馬番号が書かれた紙が入ったカプセルを取り出す方式。アメリカのブリーダーズカップでは馬番を書いた円形の回転盤にダーツの矢を投げ込む方式が採用されたことがあったり、アラブ首長国連邦のドバイワールドカップでは抽選で好きな馬番を選ぶ方式が採用されたこともあった。

負担重量

  • 定量(3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬2kg減)
  • 負担重量の変遷
    • 第1回:3歳54kg、4歳以上55kg(牝馬2kg減)
    • 第2回 - 第9回、第29回 - 第45回:馬齢重量
    • 第10回 - 第24回:3歳54kg、4歳56kg、5歳以上55kg(牝馬2kg減)
    • 第25回 - 第28回:3歳55kg、4歳57kg、5歳以上56kg(牝馬2kg減)

出典:

賞金

2015年(平成27年)の1着賞金は2億5000万円で、以下2着1億円、3着6300万円、4着3800万円、5着2500万円。

中央競馬で施行されるレースでは、ジャパンカップの3億円に次ぐ高額の1着賞金が設定されている。

褒賞金・特別出走奨励金

天皇賞(秋)ジャパンカップ・有馬記念の3レースを同一年にすべて優勝したJRA所属馬には内国産馬2億円、外国産馬1億円の褒賞金が交付される。

また、当該年度のGI・JpnIレースで3着以内の成績、または平地の重賞レースで優勝したJRA所属馬がファン投票上位(1位 - 10位)で出走する場合、1位から3位は2000万円、4位・5位は1000万円、6位から10位は500万円の特別出走奨励金を交付する。

上記の褒賞金・特別出走奨励金はいずれも、クラス分けに用いる収得賞金には算入されない。

歴史

有馬頼寧と「有馬特例法」

1948年(昭和23年)、太平洋戦争後に日本に進駐し間接統治を行っていた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、日本国内の競馬施行体で唯一の全国組織であった日本競馬会独占禁止法に抵触する機関として問題視し、閉鎖を指示。同年7月の(新)競馬法施行に伴い日本競馬会は解散し、以後しばらく競馬は農林省競馬部により運営されることとなった(国営競馬)。その後、1951年(昭和26年)に自由党内の競馬小委員会において「競馬民営化論」が提唱され、同年サンフランシスコ平和条約調印により日本の主権が回復されると民営化論はさらに活発化、1954年(昭和29年)には民営(農林省監督)による競馬施行体・日本中央競馬会の発足に至った。しかし国家財政への寄与という名目で控除率が高く設定されたこともあり、客足は地方競馬競輪といった新たな公営競技に向き、民営化後第1回開催の売上は目標額に到達せず、その運営は前途多難なものだった。日本中央競馬会初代理事長には、日露戦争当時から競馬の振興に取り組み、「競馬翁」の異名があった安田伊左衛門が就任したが、翌1955年(昭和30年)4月4日には第1次近衛内閣で農相を務めた有馬頼寧が第2代理事長に就任した。

競馬が国営であった間、競馬関連の諸施設は部分的な補修、修理が行われていたものの、予算の関係上、大規模な改修は行うことができず、なかでも中山競馬場の大スタンドは老朽化が進み危険な状態にあった。しかし当時の日本中央競馬会はその改修に充てる費用を持ちあわせていなかった。そこで新理事長の有馬は、ときの農相・河野一郎ら政府関係者に働きかけ、「1960年(昭和35年)12月31日までの間、日本中央競馬会は農林大臣の許可を得て行う臨時の競馬開催により得た収益を、政府指定の建造物に限りその改築に充てて可なり、また収益の一部を国庫に納付する義務も負わない」という旨の、「日本中央競馬会の国庫納付金等の臨時特例に関する法律」(いわゆる「有馬特例法」)成立に漕ぎつけた。そして翌1956年(昭和31年)1月1日、中山競馬場の大スタンドがこの法律の適用される「政令指定工作物」の第1号となり、3月22日に特例法による臨時開催が中山で8日間行われたのち、10月13日にスタンド新築を含む第1期工事が竣工した。

中山グランプリ創設 - 「有馬記念」へ

中山改築前年の1955年(昭和30年)末、有馬は競馬会のパーティーにおいて、「ファンが決めるレースを中山でやってみたい」という腹案を明かした。有馬は戦前にプロ野球・東京セネタースのオーナーを務めていたことがあり、野球のオールスターゲームから着想を得て「ファン投票による出走馬選定」という企画に至った。従来の中山では中山大障害皐月賞が二大レースだったが、同じ関東の主要場であり、東京優駿(日本ダービー)天皇賞(秋)優駿牝馬(オークス)という大レースを抱える東京競馬場に比して格が落ちるという意識が中山の関係者間にもあり、この案は好意的に迎えられた。さらにこのレースには、4歳クラシックレースを走り終えた4歳馬と、古馬(5歳以上馬)の最大目標である天皇賞(秋)を終えた馬がぶつかる日本一決定戦という大きな要素も加えられることとなった。

第1回のレース名は「中山グランプリ」とされた。フランスには「パリ大賞(Grand Prix de Paris)」という名の大レースがあったものの、日本において「グランプリ」という語は、黒澤明監督の映画『羅生門』が1951年(昭和26年)にヴェネツィア国際映画祭の最高賞(グランプリ)を受賞してから巷間に広まり、ために当時は映画絡みの言葉という感が強く、競馬のレース名として適当でないとの見方もあった。このため、「中山グランプリ」はあくまでも仮の名称として、第1回レースの投票用紙にはレース名の案を書く欄も設けられた。レース名案には3812通が寄せられ、中山グランプリのほかに中山大賞典、中山王冠賞、中山王冠、中山栄冠賞、栄冠賞、中山大賞典記念、中山賞典、王冠、王冠賞、中山クラウン賞といったものがあった。しかし妙案がないということでレース名は「中山グランプリ」のまま据え置かれ、1956年(昭和31年)12月23日、新スタンドを備えた中山競馬場において第1回レースが行われた。出走12頭のうち、天皇賞の優勝馬が3頭、クラシックレースの優勝馬が4頭と当時の強豪が一堂に会し、中山では1万人入れば大入りといわれた時代にあって、当日の入場者は2万7801人という盛況であった。

第1回中山グランプリからわずか17日後の1957年(昭和32年)1月9日、有馬頼寧は肺炎により急逝する。理事長として1年9カ月という短い在任期間中に様々な功績を残した有馬を称え、同年11月23日に中山グランプリは「有馬記念」と改称された。その後、有馬記念は日本競馬の根幹レースのひとつとして定着。また、勝馬投票券の売上は日本一を誇るレースとなり、1996年(平成8年)度には世界の競馬史上最高額となる875億円を売り上げ、ギネス世界記録に認定登録された。有馬記念は競馬界のみならず日本の年末の風物詩として、社会的な認知を得るに至っている。

年譜

  • 1956年 - 4歳(現:3歳)以上の馬による重賞レース「中山グランプリ」を創設、中山競馬場の芝2600m(内回り)で施行。この年のみ騎手賞に朝日新聞社寄贈賞が贈られる。
  • 1957年 - 名称を「有馬記念」に変更。
  • 1960年 - 施行コースを芝2600m(外回り)に変更。
  • 1966年 - 施行コースを芝2500m(内回り)に変更。これ以降、この施行距離が定着。
  • 1981年 - この年から騎手賞としてマツダ賞が贈られる(1992年まで)。
  • 1984年 - グレード制導入、GIに格付け。
  • 1995年 - 指定交流レースとなり、地方競馬所属馬も出走が可能に。
  • 2001年
    • 馬齢表示を国際基準へ変更したことに伴い、レース条件を「3歳以上」に変更。
    • 敬宮愛子内親王御誕生慶祝」の副称を付けて施行。
  • 2007年 - 国際レースに指定され、外国調教馬が6頭まで出走可能に。

歴代優勝馬

※馬齢は、2000年以前も現行表記(国際基準)に揃えている。

回数 施行日 優勝馬 性齢 タイム 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1956年12月23日 メイヂヒカリ 牡4 2:43 1/5 蛯名武五郎 藤本冨良 新田松江
第2回 1957年12月22日 ハクチカラ 牡4 2:49 0/5 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第3回 1958年12月21日 オンワードゼア 牡4 2:49 1/5 八木沢勝美 二本柳俊夫 樫山純三
第4回 1959年12月20日 ガーネツト 牝4 2:50.9 伊藤竹男 稗田敏男 畑江五郎
第5回 1960年12月18日 スターロツチ 牝3 2:44.5 高松三太 松山吉三郎 藤井金次郎
第6回 1961年12月24日 ホマレボシ 牡4 2:40.8 高松三太 稗田敏男 川口文子
第7回 1962年12月23日 オンスロート 牡5 2:44.4 山岡忞 中村広 田村喜志
第8回 1963年12月22日 リユウフオーレル 牡4 2:42.5 宮本悳 橋本正晴 三好笑子
第9回 1964年12月27日 ヤマトキヨウダイ 牡4 2:45.1 梶与四松 稲葉幸夫 門井みち
第10回 1965年12月26日 シンザン 牡4 2:47.2 松本善登 武田文吾 橋元幸吉
第11回 1966年12月25日 コレヒデ 牡4 2:37.0 保田隆芳 尾形藤吉 千明康
第12回 1967年12月24日 カブトシロー 牡5 2:39.7 大崎昭一 久保田彦之 (有)志賀
第13回 1968年12月22日 リュウズキ 牡4 2:46.2 森安弘明 矢倉玉男 福井章哉
第14回 1969年12月21日 スピードシンボリ 牡6 2:35.1 野平祐二 野平省三 和田共弘
第15回 1970年12月20日 スピードシンボリ 牡7 2:35.7 野平祐二 野平省三 和田共弘
第16回 1971年12月19日 トウメイ 牝5 2:36.0 清水英次 坂田正行 近藤克夫
第17回 1972年12月17日 イシノヒカル 牡3 2:38.5 増沢末夫 浅野武志 石嶋清仁
第18回 1973年12月16日 ストロングエイト 牡4 2:36.4 中島啓之 奥平真治 ハイランド牧場
第19回 1974年12月15日 タニノチカラ 牡5 2:35.9 田島日出雄 島崎宏 谷水雄三
第20回 1975年12月14日 イシノアラシ 牡3 2:38.1 加賀武見 浅野武志 石嶋清仁
第21回 1976年12月19日 トウショウボーイ 牡3 2:34.0 武邦彦 保田隆芳 トウショウ産業(株)
第22回 1977年12月18日 テンポイント 牡4 2:34.5 鹿戸明 小川佐助 高田久成
第23回 1978年12月17日 カネミノブ 牡4 2:33.4 加賀武見 阿部新生 角替光二
第24回 1979年12月16日 グリーングラス 牡6 2:35.4 大崎昭一 中野隆良 半沢吉四郎
第25回 1980年12月21日 ホウヨウボーイ 牡5 2:33.7 加藤和宏 二本柳俊夫 古川嘉治
第26回 1981年12月20日 アンバーシャダイ 牡4 2:35.5 東信二 二本柳俊夫 吉田善哉
第27回 1982年12月26日 ヒカリデユール 牡5 2:36.7 河内洋 須貝彦三 橋本善吉
第28回 1983年12月25日 リードホーユー 牡3 2:34.0 田原成貴 服部正利 熊本芳雄
第29回 1984年12月23日 シンボリルドルフ 牡3 2:32.8 岡部幸雄 野平祐二 和田農林(有)
第30回 1985年12月22日 シンボリルドルフ 牡4 2:33.1 岡部幸雄 野平祐二 和田農林(有)
第31回 1986年12月21日 ダイナガリバー 牡3 2:34.0 増沢末夫 松山吉三郎 (有)社台レースホース
第32回 1987年12月27日 メジロデュレン 牡4 2:33.9 村本善之 池江泰郎 メジロ商事(株)
第33回 1988年12月25日 オグリキャップ 牡3 2:33.9 岡部幸雄 瀬戸口勉 佐橋五十雄
第34回 1989年12月24日 イナリワン 牡5 2:31.7 柴田政人 鈴木清 保手浜弘規
第35回 1990年12月23日 オグリキャップ 牡5 2:34.2 武豊 瀬戸口勉 近藤俊典
第36回 1991年12月22日 ダイユウサク 牡6 2:30.6 熊沢重文 内藤繁春 橋本幸平
第37回 1992年12月27日 メジロパーマー 牡5 2:33.5 山田泰誠 大久保正陽 (有)メジロ牧場
第38回 1993年12月26日 トウカイテイオー 牡5 2:30.9 田原成貴 松元省一 内村正則
第39回 1994年12月25日 ナリタブライアン 牡3 2:32.2 南井克巳 大久保正陽 山路秀則
第40回 1995年12月24日 マヤノトップガン 牡3 2:33.6 田原成貴 坂口正大 田所祐
第41回 1996年12月22日 サクラローレル 牡5 2:33.8 横山典弘 境勝太郎 (株)さくらコマース
第42回 1997年12月21日 シルクジャスティス 牡3 2:34.8 藤田伸二 大久保正陽 (有)シルク
第43回 1998年12月27日 グラスワンダー 牡3 2:32.1 的場均 尾形充弘 半沢(有)
第44回 1999年12月26日 グラスワンダー 牡4 2:37.2 的場均 尾形充弘 半沢(有)
第45回 2000年12月24日 テイエムオペラオー 牡4 2:34.1 和田竜二 岩元市三 竹園正繼
第46回 2001年12月23日 マンハッタンカフェ 牡3 2:33.1 蛯名正義 小島太 西川清
第47回 2002年12月22日 シンボリクリスエス 牡3 2:32.6 O.ペリエ 藤沢和雄 シンボリ牧場
第48回 2003年12月28日 シンボリクリスエス 牡4 2:30.5 O.ペリエ 藤沢和雄 シンボリ牧場
第49回 2004年12月26日 ゼンノロブロイ 牡4 2:29.5 O.ペリエ 藤沢和雄 大迫忍
第50回 2005年12月25日 ハーツクライ 牡4 2:31.9 C.ルメール 橋口弘次郎 (有)社台レースホース
第51回 2006年12月24日 ディープインパクト 牡4 2:31.9 武豊 池江泰郎 金子真人ホールディングス(株)
第52回 2007年12月23日 マツリダゴッホ 牡4 2:33.6 蛯名正義 国枝栄 橋文枝
第53回 2008年12月28日 ダイワスカーレット 牝4 2:31.5 安藤勝己 松田国英 大城敬三
第54回 2009年12月27日 ドリームジャーニー 牡5 2:30.0 池添謙一 池江泰寿 (有)サンデーレーシング
第55回 2010年12月26日 ヴィクトワールピサ 牡3 2:32.6 M.デムーロ 角居勝彦 市川義美
第56回 2011年12月25日 オルフェーヴル 牡3 2:36.0 池添謙一 池江泰寿 (有)サンデーレーシング
第57回 2012年12月23日 ゴールドシップ 牡3 2:31.9 内田博幸 須貝尚介 小林英一
第58回 2013年12月22日 オルフェーヴル 牡5 2:32.3 池添謙一 池江泰寿 (有)サンデーレーシング
第59回 2014年12月28日 ジェンティルドンナ 牝5 2:35.3 戸崎圭太 石坂正 (有)サンデーレーシング
第60回 2015年12月27日 ゴールドアクター 牡4 2:33.0 吉田隼人 中川公成 居城要
第61回 2016年12月25日 サトノダイヤモンド 牡3 2:32.6 C.ルメール 池江泰寿 里見治
第62回 2017年12月24日 キタサンブラック 牡5 2:33.6 武豊 清水久詞 (有)大野商事
第63回 2018年12月23日 ブラストワンピース 牡3 2:32.2 池添謙一 大竹正博 (有)シルクレーシング
第64回 2019年12月22日 リスグラシュー 牝5 2:30.5 D.レーン 矢作芳人 (有)キャロットファーム
第65回 2020年12月27日 クロノジェネシス 牝4 2:35.0 北村友一 斉藤崇史 (有)サンデーレーシング
第66回 2021年12月26日 エフフォーリア 牡3 2:32.0 横山武史 鹿戸雄一 (有)キャロットファーム
第67回 2022年12月25日 イクイノックス 牡3 2:32.4 C.ルメール 木村哲也 (有)シルクレーシング
第68回 2023年12月24日 ドウデュース 牡4 2:30.9 武豊 友道康夫 (株)キーファーズ

有馬記念の記録

  • レースレコード - 2:29.5(第49回優勝馬ゼンノロブロイ)
  • 最多優勝騎手 - 池添謙一(第54回・第56回・第58回・第63回)
  • 最多勝調教師 - 3勝
    • 二本柳俊夫(第3回・第25回・第26回)
    • 大久保正陽(第37回・第39回・第42回)
    • 池江泰寿(第54回・第56回・第58回)
  • 単勝支持率歴代トップ - ハクチカラ(第2回) 76.1%

歴代ファン投票1位馬

馬齢は2000年(平成12年)以前も現行表記にそろえている。

回数 開催年 ファン投票1位 性齢 得票数 結果
第1回 1956 キタノオー 牡3 6,159 2着
第2回 1957 ハクチカラ 牡4 7,356 1着
第3回 1958 カツラシユウホウ 牡3 18,952 不出走
第4回 1959 ハククラマ 牡3 11,438 12着
第5回 1960 コダマ 牡3 17,082 6着
第6回 1961 シーザー 牡4 12,773 4着
第7回 1962 オンスロート 牡5 15,617 1着
第8回 1963 メイズイ 牡3 18,309 2着
第9回 1964 メイズイ 牡4 18,448 3着
第10回 1965 シンザン 牡4 26,853 1着
第11回 1966 ナスノコトブキ 牡3 22,510 5着
第12回 1967 スピードシンボリ 牡4 22,143 4着
第13回 1968 アサカオー 牡3 23,098 6着
第14回 1969 マーチス 牡4 21,798 10着
第15回 1970 アカネテンリュウ 牡4 20,295 2着
第16回 1971 アカネテンリュウ 牡5 25,215 出走取消
第17回 1972 イシノヒカル 牡3 17,022 1着
第18回 1973 ハイセイコー 牡3 24,143 3着
第19回 1974 ハイセイコー 牡4 22,400 2着
第20回 1975 キタノカチドキ 牡4 17,077 8着
第21回 1976 トウショウボーイ 牡3 19,957 1着
第22回 1977 テンポイント 牡4 22,541 1着
第23回 1978 プレストウコウ 牡4 75,257 2着
第24回 1979 サクラショウリ 牡4 90,301 6着
第25回 1980 カツラノハイセイコ 牡4 154,640 2着
第26回 1981 ホウヨウボーイ 牡6 185,747 2着
第27回 1982 モンテプリンス 牡5 113,667 11着
第28回 1983 アンバーシャダイ 牡6 147,484 3着
第29回 1984 ミスターシービー 牡4 171,979 3着
第30回 1985 シンボリルドルフ 牡4 140,753 1着
第31回 1986 ミホシンザン 牡4 168,210 3着
第32回 1987 サクラスターオー 牡3 141,494 競走中止
第33回 1988 タマモクロス 牡4 183,473 2着
第34回 1989 オグリキャップ 牡4 197,682 5着
第35回 1990 オグリキャップ 牡5 146,738 1着
第36回 1991 メジロマックイーン 牡4 155,353 2着
第37回 1992 トウカイテイオー 牡4 177,926 11着
第38回 1993 ビワハヤヒデ 牡3 146,218 2着
第39回 1994 ナリタブライアン 牡3 178,471 1着
第40回 1995 ヒシアマゾン 牝4 173,689 5着
第41回 1996 マヤノトップガン 牡4 155,122 7着
第42回 1997 エアグルーヴ 牝4 142,596 3着
第43回 1998 エアグルーヴ 牝5 165,357 5着
第44回 1999 スペシャルウィーク 牡4 165,734 2着
第45回 2000 テイエムオペラオー 牡4 109,140 1着
第46回 2001 テイエムオペラオー 牡5 93,217 5着
第47回 2002 ナリタトップロード 牡6 91,122 4着
第48回 2003 シンボリクリスエス 牡4 125,116 1着
第49回 2004 ゼンノロブロイ 牡4 100,052 1着
第50回 2005 ディープインパクト 牡3 160,297 2着
第51回 2006 ディープインパクト 牡4 119,940 1着
第52回 2007 ウオッカ 牝3 105,441 11着
第53回 2008 ウオッカ 牝4 136,619 不出走
第54回 2009 ウオッカ 牝5 105,059 不出走
第55回 2010 ブエナビスタ 牝4 111,323 2着
第56回 2011 ブエナビスタ 牝5 109,247 7着
第57回 2012 オルフェーヴル 牡4 90,474 不出走
第58回 2013 オルフェーヴル 牡5 81,198 1着
第59回 2014 ゴールドシップ 牡5 66,796 3着

参考文献

  • 中山競馬場70年史編集委員会(編) 『中山競馬場70年史』 日本中央競馬会中山競馬場、1998年
  • 阿部珠樹「第1回有馬記念(中山グランプリ)とその時代 - 『世界一馬券が売れるレース』の原点を探る」、『優駿』2008年1月号、日本中央競馬会、 32-34頁。
  • 「有馬記念ファン投票ベストテン全史」、『優駿』2011年1月号、日本中央競馬会、 35-37頁。
  • 日夏ユタカ「有馬記念“ミニ”クロニクル」、『優駿』2011年1月号、日本中央競馬会、 38頁。
  • 『週刊Gallop臨時増刊 「有馬記念全史」』、産業経済新聞社2004年12月6日、 雑誌82947-1/6。

人名を冠した中央競馬のGIレース

備考

  • 有馬記念は八大レースの中では最も出走条件が緩やかで、クラシックに出走できない騸馬でも出走が可能である。
  • 出走馬は他に推薦委員会による選出もあったが、形骸化したため1996年より廃止された。
  • 中央競馬がアラブ系レースを行っていた時代にはアングロアラブの出走も可能であり、「アラブの怪物」の異名を持つセイユウがファン投票による権利を持っていたものの、アラブの読売カップ(秋)連覇を優先し出走を辞退している。
  • 日本の公営競技において、初めてファン投票によるレース対象の選定を行ったのは競輪オールスター競輪)である。
  • 年間レースレーティングは、個々のレースにおける上位4頭のレーティングを年度末のランキング会議で決定した数値に置き換え算出した平均値。なお、牝馬限定レース以外のレースで、対象馬が牝馬の場合はアローワンスが加算される(日本の場合:+4ポンド)。
  • 2015年の地方競馬で施行するレースでは、JBCクラシック(JpnI)・東京大賞典(GI)の1着賞金8000万円が最高額。
  • 1984年〜2006年の格付表記は、JRAの独自グレード。

関連項目

外部リンク