小田和正
小田 和正 | |
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基本情報 | |
出生名 | 小田 和正 |
出生 | 1947年9月20日 |
出身地 | 🇯🇵神奈川県横浜市金沢区 |
学歴 |
聖光学院中学校・高等学校卒業 東北大学工学部建築学科卒業 早稲田大学大学院理工学研究科修了 |
ジャンル |
J-POP AOR ニューミュージック |
職業 |
シンガーソングライター 音楽プロデューサー |
担当楽器 |
ボーカル キーボード ギター |
活動期間 | 1970年- |
レーベル |
ファンハウス (1986年- 1999年]) BMG JAPAN(BMGファンハウス) (1999年 - 2009年) アリオラジャパン/Little Tokyo (2009年 - ) |
事務所 | ファー・イースト・クラブ |
共同作業者 |
オフコース 鈴木雅之 松任谷由実 財津和夫 USED TO BE A CHILD PLUS ONE スターダストレビュー(オダ☆レビ) ゆず(ゆずおだ) スキマスイッチ 水野良樹 など |
公式サイト | 小田和正公式サイト |
目次
ジャンル・担当
J-POP、AOR、ニューミュージック。 担当は、ボーカル、キーボード、ギター。
来歴
1947年、神奈川県横浜市出身。金沢文庫すずらん通り商店街にある小田薬局で次男として誕生。幼少時代は横須賀中央のバイオリン教室に通う。関東学院六浦小学校、横浜市立八景小学校を経て、1960年、聖光学院中学校・高等学校に進学。同学院卒業後、東北大学に進学、建築学を専攻。同大学卒業後、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。
オフコースの結成
聖光学院では中学校・高等学校を通じて同級生だった、鈴木康博は、東京工業大学に進学。仙台と横浜をお互いに頻繁に行き来し、音楽活動も続けていた。
1969年、アマチュア音楽活動にけじめをつけるために「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に東北地区より出場。小田曰く「寝ててもできるくらい」猛練習を重ね、自信をもって臨んだにもかかわらず、1位は赤い鳥、オフコースは2位だった。
2位になったことで「このまま終われない」とプロの道を歩むことを選ぶ。
オフコースは数度のメンバー変遷を経て1972年より小田、鈴木の2人構成、後に清水仁、大間ジロー、松尾一彦を加えた5人構成となる。1970年代から1980年代にかけて次々とヒット曲を生み出し、時代を代表する人気グループに成長。
伝説の日本武道館連続10日間公演
1982年、6月15日、日本武道館連続10日間公演実施(6月30日まで)。その後約3年間、ライブ活動を休止。
- 小田和正のハイトーンボイス
オフコースが発表したシングルのA面のほとんどは小田の曲であり、そのシンプルで、ストレートに愛を歌う歌詞とハイトーンの澄んだボーカルはオフコースの大きな特色となる。オフコース時代のヒット曲には「さよなら」「Yes-No」「君が、嘘を、ついた」などがある。
解散後のソロ活動スタート
1986年に初めてのソロシングル「1985」、初のソロアルバム『K.ODA』発表。オフコース時代からソロ活動を始めてはいたが、1989年のオフコース解散以後にソロ活動を本格化。
テレビ番組出演
1984年2月14日、 フジテレビ系『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」に明石家さんまからの紹介で小田和正が出演、翌15日のお友達に星野仙一を紹介した(オフコース)。
ディスコグラフィ
- 小田和正の作品一覧参照。
他アーティストとの活動
ソロになった1989年以降、他のアーティストとの交流が急速に活発化。
ソングライターとして鈴木雅之、中村雅俊、島倉千代子や松たか子らの楽曲を全面的にプロデュースする他、ASKAや佐藤竹善、スキマスイッチらとコラボレーションした。
また、チャリティのためのUSED TO BE A CHILD主催、泉谷しげるらとのチャリティライブ、スターダストレビュー、CHAGE and ASKAらとのジョイントライブや音楽イベントに積極的に参加するようになった。
小田自身のソロライブでも、コーラスに安部恭弘、佐藤竹善、山本潤子、加藤いづみらを起用している。
番組『クリスマスの約束』
2001年の放送開始以来、深夜帯にもかかわらず常に高視聴率をマークし、年の放送が、2003年に12月期月間ギャラクシー賞、2009年放送が、第36回放送文化基金賞優秀賞を受賞。 。放送業界屈指の音楽特番と評価されている(小田和正「クリスマスの約束2017」古希を祝い あの名曲も披露 2017年12月25日付)。
受賞
- 1981年
- 『We are』が第23回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞受賞(オフコース時代)
- 1991年
- 第33回 日本レコード大賞 ポップス・ロック部門 ゴールド・ディスク賞受賞 「ラブストーリーは突然に/Oh!Yeah!」
- 2003年
- 第17回 日本ゴールドディスク大賞 ロック&ポップアルバム・オブ・ザ・イヤー 邦楽部門受賞「自己ベスト」
- 2006年
- 第20回 日本ゴールドディスク大賞 ロック&ポップアルバム・オブ・ザ・イヤー邦楽部門受賞「そうかな」
- 2007年
- 母校の東北大学の創立百周年記念にて「文化功労賞」受賞
- 2009年
- 「ツアー2008 今日もどこかで」で文化庁第59回芸術選奨文部科学大臣賞受賞
- 2016年
- 「神奈川文化賞」受賞(タウンニュース 2016年10月27日号)。
- 2018年
- 第97回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 ドラマソング賞 受賞「この道を」TBS系「ブラックペアン」主題歌
CM出演
本人
- 「ネスカフェ ゴールドブレンド」
- 「goodtimes & badtimes」(1988年)、「Little Tokyo」(1989年)
- 「第一生命」
- 「君にMerry Xmas」(1989年 クリスマス2日間限定)、「Oh! Yeah!」(1991年)、「my home town」(1992年)
- アルバム『Oh! Yeah!』(1991年)
- 「Oh! Yeah!」
- アルバム『自己ベスト』(2002年)
- アルバム『そうかな』(2005年)
- トヨタアリオン(2005年)
- 「Re」
- シングル「こころ」(2007年)
- アルバム『自己ベスト-2』(2007年)
- 明治プロビオヨーグルトLG21「希望の歌声」編(2009年)
- 「今日も どこかで」
タイアップ
- 1991年
- 「ラブ・ストーリーは突然に」フジテレビ月9ドラマ『東京ラブストーリー』の主題歌
- 1986年
- 第一生命シリーズ
- 野球編・ラグビー編 - 「哀しみを、そのまま」(1986年) ※野球編は小田、ラグビー編は市川崑がそれぞれ演出。
- 卒業編 - 「僕の贈りもの」(1988年)
- 仲直り編・床屋編 - 「恋は大騒ぎ」(1990年) ※仲直り編は小田の企画、演出。床屋編では自身も出演。
- いつか どこかで(1991年) ※映画『いつか どこかで』の撮影風景を使用
- 三菱自動車工業 ミラージュ「風と君を待つだけ」(1991年)「だからブルーにならないで」(1993年)
- シャープ 液晶ビューカム「風の坂道」(1993年)
- 味の素 ほんだし「またたく星に願いを」(1993年)
- 日産自動車 エルグランド「風のように」(1997年)、「こんな日だったね」(1999年)
- JRA ブランドCM「woh woh」(2000年・2011年)、「19の頃」(2000年・2012年)、「風の街」(2001年)、「かなた」(2013年)
- 明治生命 / 明治安田生命「言葉にできない」(2000年 - 2003年 *一時期、小田のライブ映像を使用)、「たしかなこと」(2004年)、オリジナル曲(2010年)、「愛になる」(2014年)
- ハウス食品 北海道シチュー「大好きな君に」)2003年)、
- 日本コカ・コーラ 緑茶「一(はじめ)」オリジナル曲(2006年3月 - 6月)
- 名古屋鉄道「大好きな君に」(2006年)、「風の坂道」(2008年)、「Re」(2013年)、「この街」(2014年~)
- マックスファクター「若葉のひと」(2009年3月)
- ソニーBRAVIA 4K「今のこと」(2013年6月)
- SUBARU「wonderful life」(2015年5月 - )
- NTT東日本 オリジナル曲(2017年3月 - )
映画主題歌
- 1992年
- 「そのままの君が好き」映画「走れメロス」主題歌
- 2011年
- 「hello hello」映画「ロック わんこの島」主題歌
- 2012年
- 「生まれ来る子供たちのために」映画「グスコーブドリの伝記」主題歌
- 2014年
- 「その日が来るまで」映画「救いたい」主題歌
- 2015年
- 「彼方」映画「氷川丸ものがたり」主題歌<ref>映画.com </ref>
- 2016年
- 「風は止んだ」映画「64 ロクヨン」主題歌
- 2018年
- 「坂道を上って」映画「坂道のアポロン」主題歌([1](BARKS 「映画『坂道のアポロン』小田和正の主題歌に三木監督「歌の出だしでもう泣いていた」」2018年3月9日)