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Hi-STANDARD

Hi-STANDARD(ハイスタンダード)は、日本のパンク・ロックバンドPIZZA OF DEATH RECORDS所属。略称はハイスタ。1991年に結成されたバンド。東京都出身。

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メンバー

難波章浩(なんば あきひろ、1970年6月9日 -)
ボーカル・ベース担当。TYÜNK、なんばあきひろ&宇宙船地球号、ULTRA BRAiN、難波章浩-AKIHIRO NAMBA-、NAMBA69
恒岡章(つねおか あきら、1971年6月1日 -)
ドラムス・コーラス担当。CUBISMO GRAFICO FIVE、LOW IQ & THE BEAT BREAKER、磯部正文BAND、チャットモンチー等
横山健(よこやま けん、1969年10月1日 -)
ギター・コーラス担当。BBQ CHICKENS、Ken Yokoyama
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(写真:公式サイト出典)

ジャンル

ハードコア・パンク、メロディック・ハードコア、パンク・ロック、オルタナティヴ・ロック

受賞・ノミネート

2018年

来歴

1991年

  • 恒岡章、横山健、難波章浩を中心に結成。初ライブを、God's Guts・Scamp・bloodthirsty butchers・BEYONDSと高円寺20000Vで行う。
結成時は別にボーカリスト松本敦彦がおり、4人で活動していたが脱退。松本敦彦は脱退後、SLIME FISHERというバンドに加入。いくつかのバンドを渡り歩き、現在も精力的に活動中。

1994年

  • 6月30日、ミニアルバム『LAST OF SUNNY DAY』をリリース。

1995年

  • 11月1日、アルバム『GROWING UP』をリリース。海外盤を含めると70万枚を超えるセールスを記録。

1997年

  • 5月14日、アルバム『ANGRY FIST』をリリース。オリコン初登場4位を記録。
  • 8月30日、初の主催フェスとなる「AIR JAM] 97」を東京都お台場レインボーステージにて開催。

1998年

  • 8月22日、東京ベイサイドスクエアにて主催フェス「AIR JAM 98」を開催。

1999年

  • PIZZA OF DEATH RECORDSがハウリング・ブルから独立[1]
  • 6月30日、アルバム「MAKING THE ROAD」をリリースし、国内外合わせて100万枚以上の売り上げを記録した。
ノータイアップ、最小限のメディア露出でありながらのミリオンヒットは当時としては異例の出来事だった。
  • 7月30日、「FUJI ROCK FESTIVAL1999」に出演。

2000年

  • 4月5日、シングル『Love Is A Battlefield』をリリース。オリコン初登場2位を記録。
  • 8月30日、千葉マリンスタジアムにて「AIR JAM 2000」を開催。このライブを最後にHi-STANDARDは活動休止。

2003年

  • 恒岡は、S.P.L.CUBISMO GRAFICO FIVEをはじめ、LOW IQ &THE BEAT BREAKER佐藤タイジバンドなど多方面で活動。Coccoのサポートドラマーとして「ミュージックステーション」に出演。ハイスタ活動休止後に横山が結成したBBQ CHICKENSでは初期(正式ではない)メンバーとして参加していた。

2004年

  • 2月、横山が「Ken Yokoyama」としてバンド活動を開始。
  • 12月11日、スペースシャワーTVにて『祝15祭 スペシャプレミアムライブ15連発!Hi-STANDARD LIVE from AIR JAM 2000』が放送。4年ぶりに3人が顔を揃えてライヴを見た感想VTRが流れた。

2005年

  • 難波は音楽雑誌「ROCKIN'ON JAPAN」のインタビューで、Hi-STANDARDの活動再開を示唆するも、8月に「TYÜNK」、「なんばあきひろ&宇宙船地球号」名義で2枚のソロ作品を発表し、翌年には「ULTRA BRAiN」を結成している。

2007年

  • 5月、難波のブログ「TYUNBLOG」にてPIZZA OF DEATH RECORDSへの警告文が記載。「Hi-STANDARDの原盤権を3等分しないなら、『MAKING THE ROAD』は廃盤にすべきだ。これは金の話ではなく、作品にこめた魂の話だ。」という内容であった。最終的は訴訟にならずに話し合いにより原版権やグッズ販売の分配が行われている。

2008年

  • 難波と恒岡はwomb、翌年の大阪STUDIO PARTITAにてライブを行っている。

2009年

  • 横山が難波の新作のレコーディングにギターで参加。

2010年

  • 「FUJI ROCK FESTIVAL 2010」に「Ken Yokoyama」と「難波章浩」が出演、それぞれのステージにて「STAY GOLD」を演奏する。

2011年

  • 3月、難波がライヴにて9月に横浜スタジアムでのフェス開催を発表する。
  • 4月26日、横山、難波、恒岡の3人がそれぞれのツイッターでほぼ同時に『9.18 ハイ・スタンダード AIR JAM。届け!!!』と、つぶやき、3人揃った写真を掲載<ref>難波は、「AIR JAM2011」「自家発電の電源車での爆音保障」「ハイスタのコピーの練習しなきゃ」と発言、それに対する横山もツイッターで返信している</ref>。
  • 5月13日、「AIR JAM 2011」の開催を正式に発表。
  • 9月18日、横浜スタジアムにて「AIR JAM 2011」を開催し、活動再開。3万枚のチケットに22万の応募が殺到した。

2012年

  • バンドのオフィシャルサイトオープン。
  • 9月15日・16日、宮城県国営みちのく杜の湖畔公園 みちのく公園北地区 風の草原にて「AIR JAM 2012」を開催。震災から1年半、念願の東北での開催となり、2日間で5万人超を動員した。
  • 12月23日、NHK EテレでHI-STANDARD特集「届け!」を放送。

2013年

  • 7月7日、10-FEET主催のフェス・京都大作戦に「NAMBA69」と「Ken Yokoyama」が出演。ラストの10-FEETのステージで、アンコールの「Stay Gold」を10-FEETのメンバーが演奏中に出番を終えていた難波と横山が乱入。2人はそれぞれ楽器をNAOKIとTAKUMAから受け取り、KOUICHIのドラムにのせて「Stay Gold」の続きを生演奏した。ステージ上で全員が大はしゃぎし、TAKUMAはその後号泣していた。

2015年

  • 11月14日、BRAHMAN 20TH ANNIVERSARY LIVE「尽未来際」(幕張メッセ)に出演。
  • 11月23日、FAT WRECKED FOR 25 YEARS(幕張メッセ)に出演。
  • 12月6日、SLANG主催「POWER STOCK」(Zepp SAPPORO)に出演。

2016年

  • 10月5日、16年半ぶりとなるシングル『Another Starting Line』をリリース。一切の事前告知無しでのゲリラCDリリースであった。
  • 12月3日、1999年の『MAKING THE ROAD TOUR』以来17年ぶりとなる東北+新潟を回るショートツアー『GOOD JOB! RYAN TOUR 2016』もスタート予定。
  • 12月7日、カバー曲で構成された最新シングル『Vintage & New, Gift Shits』のリリース[2]
  • 12月23日、福岡 ヤフオク!ドームにて「AIR JAM 2016」を開催[3]

2017年

  • 5月7日、COMING KOBEにサプライズ出演
  • 7月13日、街頭看板にて『MAKING THE ROAD』以来18年ぶりとなるNEWアルバム『THE GIFT』の発売が突如告知される。
  • 7月20日、公式アナウンスにて『THE GIFT TOUR』が発表される。ライブハウス公演に加え、Hi-STANDARD初となるアリーナ公演でのツアーの予定。
  • 10月4日、アルバム『THE GIFT』発売。同日に「AIR JAM2000」のハイスタのステージをノーカット収録したライブDVD『Live at AIR JAM 2000』を事前告知無しでゲリラリリース。

2018年

  • 3月~7月 全国7都市にて写真展『TEPPEI KISHIDA × Hi-STANDARD 写真展 “SUNNY DAYS”』開催。
  • 4月10日 AIR JAM 2018開催を発表[4]
  • 6月6日 スプリットCD『ken yokoyama vs NAMBA69』リリース。これは、難波のバンド(NAMBA69)と横山のバンド(ken yokoyama)がそれぞれ録り下ろした楽曲3曲ずつ計6曲が1枚のCDに録音されているというもの[5]
  • 7月19日 写真集『"SUNNY DAYS" Hi-STANDARD Photographs of TEPPEI KISHIDA』発売[6]
  • 9月4日 AIR JAM 2018に先駆けて『PRE-AIR JAM SHOW 18』と題したショウを新木場STUDIO COASTにて開催[7]。サポートアクトはSHADOWS
  • 9月9日 ZOZOマリンスタジアムにてAIR JAM 2018開催。同地での AIR JAM 開催は、AIR JAM2000以来18年振り。
  • 9月19日 "THE GIFT EXTRA TOUR 2018"開催発表。12月に西日本を中心に6府県7公演の予定[8]
  • 11月10日 ドキュメンタリー映画『SOUNDS LIKE SHIT : the story of Hi-STANDARD』公開[9]

作品

シングル

発売日 タイトル 規格品番
1st 1996年9月1日 THE KIDS ARE ALRIGHT TFCC-88082
2nd 2000年4月5日 Love Is A Battlefield PZCA-2
3rd 2016年10月5日 Another Starting Line PZCA-79
4th 2016年12月7日 Vintage & New, Gift Shits PZCA-80
CDでゴールド認定<ref>RIAJ 2017年1月度</ref>

アルバム

発売日 タイトル 規格品番
1st 1994年6月30日
1997年2月21日
LAST OF SUNNY DAY PDCA-011
POD-001
2nd 1995年11月1日 GROWING UP TFCC-88067
3rd 1997年5月14日 ANGRY FIST TFCC-88096
4th 1999年6月30日 MAKING THE ROAD PZCA-1
5th 2017年10月4日 THE GIFT PZCA-81

EP

発売日 タイトル 収録曲 規格品番 備考
1994年9月 IN THE BRIGHTLY MOONLIGHT - アルバムとは別テイク
1995年11月1日 GROWING UP アルバムに同じ POD-003
1996年9月1日 THE KIDS ARE ALRIGHT シングルに同じ POD-005
1997年1月21日 I DON'T NEED TROUBLE BECAUSE OF...MONEY POD-008 (*)はアルバムとは別テイク
1997年5月14日 ANGRY FIST アルバムに同じ POD-009
2000年7月5日 MAKING THE ROAD アルバムに同じ PZJA-1
2000年8月2日 Love Is A Battlefield シングルに同じ PZJA-2

オムニバス

発売日 タイトル 収録曲 規格品番 備考
1992年11月1日 SHAKE A MOVE COCA-10386 4人編成時のライブ音源を収録
アルバムと別テイク
1993年11月25日 BQ JAP UKCD-1054 ライブ音源を収録
1994年5月 底引重圧八割 PULL UP FROM THE UNDER GROUND 80% PULL-001 ライブ音源を収録
1995年4月 SOMEHOW IT DON'T BOTHER ME
-A TRIBUTE TO SNUFF II
SNUFF-012 英・SNUFFのトリビュート・コンピレーションEP
1995年4月21日 Hi-STANDARD / Legitime Defonce HG-027 仏・Legitime DefonceとのスプリットEP
1997年12月5日 WEIHNACHTEN STINKT! - 独・WIZOとのスプリットEP
1999年6月1日 SHORT MUSIC FOR SHORT PEOPLE FAT-591-1,2
1999年6月18日 WE LOVE BUTCHERS ZIKS-095
1999年11月26日 LONDON NITE 2 WINE-82018
2003年2月19日 HUNGRY FOR CARNAGE TFCC-86123
2006年6月14日 ROCK is LOFT
〜SHINJUKU LOFT 30th ANNIVERSARY〜
-Blue Disc-「日本語ロックの浸透と新しい波」
COCP-50925-6

Video/DVD

発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 1996年8月1日
2002年5月22日
ATTACK FROM THE FAR EAST VHS
DVD
TFBQ-18027
2nd 1997年11月11日
2002年5月22日
ATTACK FROM THE FAR EAST 2 VHS
DVD
TFBQ-18028
3rd 2000年12月24日 AIR JAM 2000 VHS PZVA-1
4th 2012年2月22日 LIVE at AIR JAM 2011 DVD PZBA-6
5th 2013年9月11日 LIVE at AIR JAM 2012 DVD PZBA-8
6th 2017年10月04日 LIVE at AIR JAM 2000 DVD PZBA-11

その他

  • LIVE OPENING SE
GO FOR IT / STIFF LITTLE FINGERS
  • 1st DEMO TAPE (全日本語詞、1993年、TAPE)
  1. MAXIMUM OVERDRIVE
  2. HEAD OVER HEELS
  3. FACE TO FACE
  4. HEART & SOUL
  5. NO WAY
  6. FIND ME OUT
  7. FEEL SO GOOD
  8. SMILE
  • TIME'S UP(SNUFFY SMILE 限定非売品CD(disk union特典)、1994年)
GROOVY CREW(short ver.)
  • 1995 SPECIAL EP... THIS IS NOT FOR SALE(非売品、1995年)
  1. KISS ME AGAIN
  2. WAIT FOR THE SUN

カバーした曲

  • SINCE YOU BEEN GONE(ヘッド・イーストレインボー、作詞・作曲はRuss Ballard
  • SATURDAY NIGHT(ベイ・シティ・ローラーズ
  • CALIFORNIA DREAMIN'(ママス&パパス
  • HAVE YOU EVER SEEN THE RAINクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル
  • GOTTA PULL MYSELF TOGETHER(ノーランズ
  • THE KIDS ARE ALRIGHT(ザ・フー
  • MONEY CHANGES EVERYTHING(シンディ・ローパー
  • HAPPY X'MAS (WAR IS OVER)ジョン・レノン&オノ・ヨーコ
  • GREEN ACRES(アメリカのテレビ番組のテーマ曲)
  • CHANGES(ブラック・サバス
  • CROWS COW LOUDLY (bloodthirsty butchers)
  • MY FIRST KISS(あんしんパパ)(アニメキテレツ大百科』の主題歌『はじめてのチュウ』の英語バージョン)
  • CAN'T HELP FALLING IN LOVE(エルヴィス・プレスリー
  • NOW YOU DON'T REMEMBER (SNUFF)
  • What Kind Of Love (SNUFF)ライブにて演奏
  • Lovin' You(ミニー・リパートン
  • PINK PANTHER(ピンク・パンサー、同名映画/邦題ピンクの豹のテーマ、作曲はヘンリー・マンシーニ
  • The Trooper(アイアン・メイデン)ライブにて演奏
  • My Girl(テンプテーションズ
  • Bridge Over Throubled Water(サイモン&ガーファンクル

エピソード

インディーズブームの走り

  • 日本以外の国ではNOFXファット・マイクにプロデュースされたことでも有名。NOFXのツアーにも参加しておりFAT MIKEが立ち上げたレーベル「Fat Wreck Chords」に所属している。他に、グリーン・デイオフスプリングブリンク 182などといった、海外のバンドとツアーを回り、成功を収めている。また、HUSKING BEESHERBETなど、メンバーによるバンドプロデュースも行われている。

アンチメジャー

  • 活動概念として、一貫して見受けられるのが「非大衆性/アンチメジャー」である。これは1980〜90年に出現したパンク/ロックジャンルのバンドの大部分が、地道なライブハウス活動を経たのち大手レコード会社にスカウトされ、大衆的な商業戦略によりテレビの音楽番組やバラエティー番組に出演し、一時的に持ち上げられ、人気・商業価値の下降とともに契約を切られて解散していく「バンドブームのバブル崩壊時代」の悲惨な経緯を当時ライブハウスで働いていた横山がリアルタイムで見ていた事が起因になっている。
  • 1990年代初期、アンダーグラウンドと位置づけられていた一部のパンク/ハードコアバンド達はこうした前例を踏まえ、ライブハウス展開、CD自主制作、CD手売り、深い精神世界の歌詞、いわゆるDIY精神とよばれる自主活動を精力的に行い、支持者、ファンを拡大しつつあった。ハイスタンダードも同様にほとんどの活動を自主的に行い、後のパンクバンド達の活動方針の目安となっている。
  • 現在のパンク/エモーショナルのライブ会場で一般的に見受けられる、演奏し終わったバンドマン自ら自分達のバンドのTシャツやCDを手売りするという光景は、いわゆるAIR JAM世代のバンド達が始めた事である。
  • 歌詞における「深い精神世界の内容」という部分ではアンダーグラウンドのバンドの中ではよりPOPに近いものであったが、ブッキング・イベント等ではそれら幾多のバンドとの共演をしている。
  • 当時は「メロコア」、「エモ」といった呼び名は定着せず、ジャンル分けが非常にボーダレスだったことも一因である。
  • 2ndアルバム「GROWING UP」がメジャーレーベルのトイズファクトリーよりリリースされる事が発表された時、当時のシーンではその方針に対して様々な意見が起こり、アンチメジャーを貫かなかったハイスタに驚くファンもいた。しかし製作自体はPIZZA OF DEATHで行われており(ファット・マイクプロデュース)、作品自体の素晴しさがそうした話題自体を問題にしないほどのクオリティーであったため、「インディー製作/メジャー流通」という手法も、後続のこのジャンルのバンド達の活動に大きく影響している。(HUSKING BEEBRAHMAN等)
  • 現在でこそ「テレビに出ないアーティスト」は多く存在するが、ノータイアップ・最小限プロモーションでありながらCDの好セールスを記録し、ライブハウスに足を運んでこそ、そのバンドの姿が見えるという活動のさきがけ、代表格がHi-STANDARDであった。

ファンに対する感謝

  • ハイスタはファン層の膨大化により、ライブチケットはどの会場も瞬時にソールドアウトしてしまい、従来/新規のファンによる温度差、特にチケットが常にプレミア化する問題等に頭を悩ませていた。そこで昔からのファンに対する感謝、メッセージとして行われたのが1997年12月リリースの完全ノープロモーション、事前告知一切なしのシングル「War Is Over(w/WIZO とのSPLIT (1997年))」である。これは、ハイスタを昔から聞いている人はライトユーザーに比べて頻繁にDISK UNION等のレコード店に出入りしていることから、いつも通りフラっと店に入ったら何気なしに突然ハイスタのシングルが置かれていて、偶然買えた人はラッキーという狙いだった。このシングルは当初アナログレコード、シングルCDの2種類で発売され、後にごく少数、CDだけ再発された。
  • 1997年〜1998年に告知最小限のライブハウスツアー「Fuckin' band boom tour」というパンク/メロコアブームを自ら風刺するようなタイトルのライブを都内数箇所で行っている。どれもキャパ500人以下の会場であった。このライブ告知もいくつかのライブハウスにて、同ジャンルのバンドが出演するイベントの終演後にpizza関係者がチラシ配りをして告知するという「頻繁にライブハウスに出入りしている人が優先的に情報を得られる」という狙いがあった。同時期の1997年、1998年に屋外での大イベント「AIR JAM」を開催している側面もあり、どのファンも大切に接するというメッセージのもと、メジャー移籍した後もハイスタの活動方針自体にはインディーズ/メジャーの垣根を越えているものが多かった。
  • 4thアルバム「MAKING THE ROAD」からは完全自主流通に移ったものの、インディーズとしては驚異的な100万枚突破のセールスを記録している。収録されている「Stay gold」はアルバムセールス用にPVも作成され、当時西新宿にあった老舗ライブハウス「新宿ロフト」でのライブの模様が収録された映像が使用されている。このライブは長年ロックミュージシャンの登竜門的、伝説のライブハウスとなっていた「新宿ロフト」が西新宿から歌舞伎町へ移転する事に伴うフィナーレ・イベントの一環としてハイスタが出演したもので、まさにロフトの長い歴史に対して「Stay gold」というメッセージを込めて送られたものとなっている(ちなみにmaking the roadツアーの初日は新生歌舞伎町の新宿ロフトで行われた)。

活動休止の真相

  • バンド活動休止当時、ブログ等はそれほどさかんではなかった時代であったため、メディアにほとんど出現しないハイスタの動向はほとんど明かされることはなく、この「脱退」「活動休止」に関するアナウンスが横山より発せられるまでの間、すでに解散しているのではないかと捉えてしまっているファンも多かった。
  • 横山はソロ活動のライブにおいて頻繁に「Stay Gold」を演奏している。ライブでこの曲が始まるとオーディエンスの熱狂振りは凄まじく、相変わらずの支持率の高い曲である。他にも「The Sound Of Secret Minds」も演奏、難波は「Turning Back」、「California Dreamin'」、「New Life」をライブで何度か演奏している。
  • 横山のブログでは「難波の脱退による活動休止」と書いていたが、脱退のきっかけは、横山から休養したいとの申し出があったことによる。そこから長い充電期間に入るが、横山がリハビリのつもりで発足させたソロ活動に本腰を入れたことにより、難波との確執が生じたことを述べている(【ハイスタ全告白】11年ぶりの再始動 横山健(上) - サンケイスポーツ・2012年2月13日)。

出典

外部リンク

最終更新: 2019年2月20日 (水) 15:46
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